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E-isolation 実大免震試験機のイロハのイについて(No.2/2024.3.14PDF

Back Number_ No.1(2024.1.1)

※本ニュースはコチラ­にあるE-Isolation説明動画もご覧の上で読むと、内容がより深く理解できます。

広報部会 羽田和樹(日本設計)、小林佑輔(スターツ CAM)、野口裕介(大成建設)

1.2023 年 3 月 実大免震試験機が兵庫県三木市に誕生!
 「E-Defenseのほど近くに、実大サイズの免震部材の動的試験ができる施設が完成したらしい。」
 建築や土木の設計・建設に従事されている方であれば、もしかするとその存在を耳にする機会も増えてきたかもしれない「E-Isolation 実大免震試験機」は、2023年の3月に兵庫県三木市に誕生しました。オープンから約10か月経過し、現在、様々な免震部材の試験のために目下、フル稼働しています。
 実大免震試験機のイロハのイでは、この試験機の概要や、世界にいくつかある実大試験機とは全く異なるその新規性について簡単にご紹介します。


写真 1 兵庫県三木市に誕生したE-Isolationの概観

2.建物全体の安全性を免震部材に依存する免震構造

 一般社団法人日本免震構造協会の調べによると、日本国内に建設されている免震建築物の数は2018年時点で約5000件にのぼると言われており、年間300件程度のペースで増え続けています。
  免震構造は、水平方向に柔らかい免震部材により地盤と構造物を絶縁することで、地震時に免震部材より上の構造物(上部構造)の揺れをゆっくりとすることで上部構造に生じる水平力を小さく抑え、建物の損傷や什器の転倒を抑制しています。つまり、その性能は免震部材に大きく依存することになります。
 この免震部材の性能確認には、「実大部材を用いた静的な試験」と「縮小部材を用いた動的な試験」の結果の両者を用いて行われることがほとんどで、「実大部材の動的な性能」については、多くの場合が既知のデータを基に推定されてきた、という実情がありました。
 「実大部材の動的な性能」を確認するためには、海外に既に建造されている実大免震試験機を借用するしかなく、それ故、日本国内に実大免震試験機を建造することは長年の悲願だとされてきたのです。
 このような背景の中、2021年に設立された(一財)免震研究推進機構が主体となり、内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP-2)の取り組みの中で実大免震試験機が整備されました。
 「E-Isolation実大免震試験機」の誕生により、免震部材の真の性能を試験機で確認することが出来るようになりました。

耐震構造では、損傷が全体に広がることによって大地震に耐えるため、上の写真に示したような被害が生じます。また、速く激しく揺れるので、什器の散乱も発生します。 上の写真は、免震構造を採用した場合のほぼ無被害の建物全景と建物内部の状況です。建物の損傷を十分に小さく抑えながら、建物内部の使用性も守ることができます。

図 1 耐震構造と免震構造


図 2 国外の既存「実大免震試験機」の設置地点:研究開発などの用途で実大部材の動的な性能を把握しようとする場合、
これまでは海外に部材を搬送し試験をするしかありませんでした。


図 3 免震構造建築物の歴史:世界では1999年に実大免震免震試験機が誕生し、長らく運用されています。

3.実大免震試験機の諸元
 このような背景の中、2021年に設立された(一財)免震研究推進機構が主体となり、内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP-2)の取り組みの中で実大免震試験機が整備されました。表 1 は「E-Isolation実大試験機」の載荷能力です。鉛直荷重の載荷能力は30,000kNに及び、約30階建ての超高層免震建築物に採用される免震部材にも対応した高い荷重載荷能力を持っています。 なお,試験装置を支えるRC躯体は,将来の載荷能力の増強と水平2方向加振への更新も想定して設計されています.

表 1  実大免震試験機の載荷能力


図 4 実大免震試験機の完成パースと諸元

 同じく兵庫県三木市に建造されている実大三次元震動破壊実験施設 E-Defense は、世界最大の 3 次元震動台を保有しており、最大 12,000kN までの重量の建物震動台実験を行うことができます。E-Isolationはこれに加えて、この度の動的載荷試験機の整備により「建物レベルでの安全性検証」や「部材レベルでの詳細な性能確認」など、様々な角度での性能確認・評価が行えるようになりました。


図 5 E-DefenseとE-Isolation

4.実大免震部材に荷重を作用させる
  E-Isolation実大免震試験機では、試験体を上部に設けた反力梁と下部に設けた加振台とで挟み込むことで試験体と設置します。その後、加振台下部に設けた鉛直動的ジャッキによって加振台を持ち上げることにより、試験体に大きな圧縮荷重を作用させます。加振台は上加振台と下加振台に分かれます。上加振台には水平動的ジャッキが取り付いており、このジャッキにより上加振台を水平移動させることによって試験体に大きな水平変形を生じさせる、という大枠の仕組みで全体が構成されています。
 この加力システムは国外の既往試験機にも採用されていますが、E-Isolationの実大免震試験機が誇る新規性は、全く新しい試験機の荷重計測機構にあります。


図 6 実大免震試験機の立面構成

5.試験体を通り抜けた荷重を直接計測する
 
従来の海外の試験機の場合でも、鉛直動的ジャッキと水平動的ジャッキとの組み合わせにより試験が実施されますが、試験体に作用する水平荷重の計測には水平動的ジャッキに取り付けた荷重検出器(ロードセルとも呼びます)を用いて行われてきました。
 この計測値は、試験体を変形させようとする力そのものなので良い方法なのですが、
  1. 鉛直動的ジャッキと加振台との間にも大きな鉛直荷重が作用しており、加振台が鉛直動的ジャッキの上をすべる際に発生する摩擦力の値が無視できない。
  2. 動的試験においては、加速度により剛強な加振台に慣性力が発生するため、荷重検出器がこの慣性力を計測してしまう。

といった課題がありました。従来の計測方法では、摩擦力や慣性力の影響を試験結果から取り除くために何か月もの期間が必要となり、その結果、「試験実施日」と「試験結果を確認する日」の間に大きなタイムラグが生じていました。。
 これに対し、E-Isolationの実大免震試験機では、動的水平ジャッキによって荷重を計測する代わりに、免震部材を通り抜けた荷重を直接計測するこでその課題を解決しました。

 E-Isolationの荷重検出器は、試験体を上部にある反力梁の水平方向を支持するV字型荷重計測リンクに取り付けられています。
 反力梁は剛強なRC反力壁上に設置された12台の天然ゴム系積層ゴム支承とPC鋼より線によって支持されています。12台の積層ゴム支承の水平方向の剛性は非常に小さく、垂直方向には高い剛性を有します。4本の荷重計測リンクは、反力梁と剛強なRC反力壁との間に水平に接続されているため、水平方向の反力の大部分はこれらの荷重計測リンクに入力され、その結果、摩擦力や慣性力の影響を受けない純粋な免震部材の水平力をリアルタイムで計測することが可能となります。
 反力梁の動きは2mm以内であるため、反力梁の慣性力はほとんど発生しません。また反力梁を支持している12台の積層ゴム支承の水平変位が小さいこと、積層ゴムの剛性が十分に小さいため、この積層ゴム支承を介して伝達される水平方向の力は全体水平力のわずか1%以内に留まります。
 PC鋼より線は積層ゴム支承を常に圧縮状態に保つため初期張力が導入されています。PC鋼より線の張力は、試験時に微小な水平変位が生じても、その長さが十分に長い(14.6m)ため変化せず、これによりP-Δ効果による水平方向剛性も正確に捉えることができます。


図 7 従来の試験機とE-Isolationの新しい計測機



図 8 天然ゴム系積層ゴム支承を用いたプレ試験結果の例:緑で示す平行四辺形の履歴ループは水平動的ジャッキによる荷重履歴、
ほとんど履歴のない黒色のループは、4本の荷重計測リンクで計測されたものです。水平ジャッキによって荷重を計測してしまうと
摩擦力由来の履歴面積を有する水平荷重-水平変形関係になっていますが、本システムによる計測結果では、
天然ゴムのリニアな特性を正確に計測できていることが分かります。

6.動的試験時に生じる短周期微振動
 
この試験機は、たとえば積層ゴム支承などを試験体として、大きな鉛直荷重を与えた状態で高速の水平変位を与える試験機です。水平速度が十分に小さい場合は試験機の動きも静的釣り合い状態にあります。しかし、載荷速度が高速になると、荷重の正負が変わる瞬間などに、剛強に製作した試験機本体も微振動を起こします。正確な測定を行うためには、試験機の動的な現象を考慮して試験機の挙動と特性を理解する必要があります。
 この試験機の場合、反力梁の支持機構は水平方向に極めて柔であり、この質量mが非常に大きく、反力壁との間に繋がれた4本の荷重計測リンクの剛性は十分ですが、これによって減衰性の小さな短周期の1質点系が構成されます。実測により固有振動数は17Hz前後であり、試験中の加振台の動きは早くても0.5Hzですから30倍以上離れています。試験後のデータに6Hz以下のローパスフィルターを通せばこの影響は十分に取り消すことができます。
  ただし、ハイブリッドリアルタイム試験を行う場合などは、時々刻々試験体に作用する正確な荷重f(t) を知る必要があります。これまでの実測によると、反力梁の微振動の変位振幅は0.002cm程度で非常に小さく、試験体に与えている変位振幅は少なくとも20cmですから1/10000であり、この微振動そのものは試験体に何も影響を与えません。
 しかし、この小さな変位振幅時の動きを17Hzの正弦振動として、加速度振幅を求めると、23cm/sec2となり、無視できない大きさの加速度になります。結果として反力梁に生じる短周期成分の慣性力振幅は60kN前後になります。ただ、この慣性力は剛性の高い計測リンクの荷重データの中に混入しますが、変位振幅が非常に小さいため中央下部に設置した試験体には影響しません。
 試験中に反力梁に生じている加速度α(t)を精度高く測定することにより、試験体に作用する時々刻々の荷重f(t)は、計測リンクと反力支持機構の負担剪断力の和F(t)から反力梁に生じている慣性力mα(t) を時々刻々差し引くことによって求めることができます。
f(t)=F(t)-mα(t)

 この荷重f(t)と、上記の試験データにローパスフィルターを通した荷重履歴はほとんど一致することを確かめてあります 。
  リアルタイムハイブリッド試験には、この f(t) を直接用います 。
  リアルタイムハイブリッド試験でない試験の結果報告には、上記の f(t) に約6Hzのローパスフィルターを通したデータを用います。

7.実大免震試験機を用いた性能認証と性能確認
 実大免震試験機E-Isolation を活用して免震部材・制振部材の性能を調べ、具体的に建設される免震建築・制振建築の信頼性を確保する仕組として、性能認証(Certificate)と性能確認 (Project)を行います。詳しくは、次回以降のニュースレターでも配信しますが、ここではその概要をご説明します。
1. 性能認証(Certificate)
 製造メーカの申請により、製造メーカが製造している主要な免震部材・制振部材について、3年に一度の頻度で実大動的試験を実施し、第三者機関として性能を認証する方法です。結果として、発注者、設計者、施工者が安心してこれらの部材を用いることができます。
 建設時に試験を行わなくて済むため、建設工事の進捗に影響を与えない利点があります。免震部材・制振部材を少量使用する小規模構造や工期が短く性能確認(Project)の試験を行わない免震建築・制振建築の場合に有効な性能認証(Certificate)です。)

2. 性能確認(Project)
 性能確認(Project)は、個別プロジェクトにおいて、その構造物に使われる多数の免震部材・制振部材から試験体を選び、実大動的試験を行い、これらの品質・性能を第三者機関として確認する方法です。大規模な免震建築・制振建築の場合に有用な方法です。実際の建物に使用する免震部材・制振部材の性能を直接確認するので、上記の性能認証(Certificate)と併せて、品質についてより高い信頼性を与えることができます。

8.まだまだある実大免震試験機のこだわり
 
計測システムの他にも、反力梁足元のディテールや反力梁自体の設計、試験機を取り囲むRC反力壁の設計などにおいて、細心の注意を払いながら設計および施工が行われています。
次回ニュースレターでは、実大免震試験機のイロハのロと題して細部のこだわりについて発信したいと思います。

9.さいごに
 
さいごに少しゾッとするような記事を引用して、「実大免震試験機のイロハのイについて」を閉じたいと思います。
 兵庫県南部地震(1995)、新潟県中越地震(2004)、東北地方太平洋沖地震(2011)、熊本地震 (2016)などの大地震を経験し、耐震対策として信頼性の高まっている免震・制振技術は、多くの土木・建築構造に適用され、これらの構造物は大地震後の継続使用が可能となっています。しかし、多くの免震・制振構造は首都直下地震や南海トラフ地震のような極大地震による大きな地震動をいまだ経験していません。(この記事を執筆している間に、石川県能登半島沖では大地震が発生してしまいました。)
 土木学会は『「国難」をもたらす巨大災害対策についての技術検討報告書』のなかで、南海トラフ地震が発生した場合、その後20年間の長期的な経済損失が1240兆円に上るとの推計を公表しており、道路の強靱化や港湾や建築物の耐震対策、その他の対策を講じることで経済被害を500兆円程度縮小できる、としています。
我々にできることはなにか。
 実大免震試験機の有効活用はその中の一つです。地震によって人々の安全・安心が損なわれたり、社会活動が継続できなくなったりすることのないよう、この新しい試験機を大いに活用し、免震・制振技術を更に発展させていきたいですね。




  1. 地震本部発表「長期評価による地震発生確率値の更新について(令和2年5月25日訂正版)より」
  2. 土木学会発表「「国難」をもたらす巨大災害対策についての技術検討報告書(2018年6月)
  3. 国内総生産(GDP:実質値)の毀損金額
  4. 災害によって毀損する建築物、資産等の金額
  5. 国と地方を合わせた一般政府の税収の縮小金額

 


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